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【脳移植】好奇心が恐怖を超えて人を天国へと向かわせるのか?

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思っていることを話していこうと思う。

 

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2015年に話題になった脳移植の手術。詳しくはこちらの記事から▼

イタリアの外科医がロシア人男性に「初の人間頭部移植(HEAVEN)」を計画 - Media-Pickup

すでに2013年から正式に計画されていたそうだが、実際の手術は2017年以降になるとのこと。手術は約36時間、費用は約12億円、総勢150人以上の医師・看護師のサポーターが必要になるらしい。

この手術を受けることになっているのはロシア人の男性。脊髄性筋萎縮症という病気で20歳を迎える前に息を引き取るという不治の病と呼ばれている。

手術の方法はリンク先を見てもらえると詳しく載っている。論争となっているのはこの手術が果たして本当にいいのかどうか、という点だ。

僕が思っている疑問や意見を主張していきたいと思う。

医学や科学が人を超えるのか

人ができなかったことができるようになる。あらゆる科学の進歩が人の役に立っていることは間違いない。 

すでにクローン技術などが生まれ、遺伝子レベルでの生命体の操りも可能になっている。僕たちの知らないところで劇的に科学が進んできている。フランケンシュタインではないけど、もしこの手術が仮に成功した時、それは本当に人であるのか。

じゃあ何を持って人間と呼べばいいのか。僕はそこに疑問を感じている。

 

正直、分からない。考えすぎかもしれないけど、たまに思ってしまうことは本当に隣にいる人は人なのだろうか

考えもしないような凶悪な犯罪があったり、狂ったように見知らぬ人の命を奪う、到底理解できないことが社会の中で起こっている。全て人が起こしたこと。その時にふと感じてはいけないことを感じてしまう。

人の形をした別の生き物なんじゃないか、と。

 

こう言ってしまうと元も子もないが僕は少なくともそういう考えに至ってしまうことがある。医学的、科学的に人の性質を変えられるとしたら人が人でなくなる。そんな日が来るのかもしれない。

天国への階段

この手術は"Head Anastomosis Venture"と呼ばれ、その文字を組み合わせて"HEAVEN(天国)"と名付けられている。現代の医療技術を持ってしても充分再現可能だという。

ここで思うところがあるのは、患者自らが実験台として意欲を燃やしていること。いずれいなくなるなら可能性に賭けたい。その生きたいという思いをくみ取り、救ってあげたいと思う医療。この図式ってどうなんだろう。

手術のことだけを考えたら単純に気持ち悪いという感想しかないかもしれない。でも、仮に人の倫理としてあってはならないこととされた時、この手術が施行されないとしたら誰が幸せになるんだろう

僕が正論を言えるのは、単純に僕が健康だからだろうと思う。何不自由なく自分の身体を動かすことができる。おそらく僕には、この患者が持っている病気の苦しさは「同情」という気持ちでしか理解することができない。それは間違いないと思う。

どの選択天国へ繋がっているのだろう。僕が同じ状況なら、同じ選択をするかもしれない。誰も分かってくれない、理解されない、批判も浴びるだろう。それでも自分の意志を貫くかもしれない

生きていないと何も感じられない。生きていることが大前提としてなければならない。実感として。そして、生まれてきた以上は自分の人生を楽しみたい。単純にそう思う。

だとしたら、この患者の選択は何も間違ってはいない。希望がある方向に進む。死ぬことがもし目の前にあるとしたら、それは自然なことなんじゃないか。

恐怖と好奇心

やったことのないこと、理解できないことに対して人は「恐怖」を感じる。頭部を全く別の人の身体に移植すると聞いたら誰だって恐ろしいと思うだろう。その恐怖が人の危険予知だったりする。でも、それさえも超えてしまう気持ちがある。「好奇心」だ。

僕は脳移植のことを初めて聞いた時は確かに恐怖を感じた。ただ同時に好奇心も自分の心の中にあったことは確かだ。

もし成功したとしたらどうなるのか?

人が死なない社会が誕生するとしたら?

恐怖よりも新しい何かに向かっていく好奇心が同居している。怖いもの見たさという言葉がある。誰も成し遂げたことがないこと、新しいこと、未知のもの、それをやってみたいという思い。

僕は何かを期待してしまっているのかもしれない。人が人でなくなる日さえも、見てみたいと思っている

神経が全て繋がる訳がない、拒絶反応が起こる、動物実験でさえ成功したことはない。その全ての言い訳を正論としつつ、実は心の奥深くに「もしも」を描いている自分がいる。危険にあえて踏み込む。挑戦。その内に秘めた思いが爆発した時、自分でも制御が効かなくなってしまう気がする。

脳移植は人を幸せにし、本当に天国へと向かわせるのだろうか。もう患者にとっては未知への挑戦という幸せに満ちているのかもしれない。

現代のブラックジャック

手塚治虫さんが描いた名医ブラックジャックが現代に現れる日が来るかもしれない。善悪の二元論ではなく、「生命そのものを救いたい」というシンプルな思い。そこに苦しんでいたり、血を流している生物がいたら手を差し伸べる。真摯に生命と向き合う医師を止めることはできない。

「正義か。この世にそんなものありはしない」「約束」より
「もし人の命を救ってその人の人生を変えたなら、歴史だって変わるかもしれないだろう?」「ある老人の思い出」より
「いいか。患者に治ろうという努力の気持ちがあってこそ、医者の治療は効き目があるんだ!」「されどいつわりの日々」より

※参照ブラック・ジャック SPECIAL BJ名セリフ

ブラック・ジャック 1

ブラック・ジャック 1

 

 人の好奇心が生きることさえも操ろうとしている。