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製造業の職人に見るあらゆるプロとアマの距離感があいまいになった弊害

オピニオン

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製造ラインの自動化 NCの進化

製造現場に出向としてやってきてもうすぐ2年が経とうとしてる。今は製造ラインの生産技術の仕事をやってて、もともとは営業の仕事だったんですが出港にきて現場での改善作業に明け暮れてる。やってる内容としては特殊なことで製造の加工時に使うドリルとか刃物関連の提案。このあたりは非常にニッチなのでほとんどの方には馴染みなしだと思う。

素人ながら製造ラインの工程を俯瞰しながら、僕なりに感じたことを素直にまとめてみようと思う。完全に個人的な主観としての意見なので気楽に読んでもらえたらと思う。

NC機が派遣社員やアルバイトを職人化する

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いわゆる旋盤とかフライス盤というともう一般の人にはほぼ馴染みのないものだと思う。鉄系のものづくりの中には必ず加工という技術が必要であり、昔のいわゆる職人という人たちは髪の毛1本分(約0.01mm)の誤差で製品を仕上げる技術を持っていた。この技術が徐々に自動化、機械化されNCマシニングセンタが徐々に進化を遂げている。

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出典:https://www.nc-net.or.jp/news/view/1086/

5軸マシニングセンタというものもあり、縦・横・突っ込みと斜めの動きもすべて自在に操ることができる。もうこれ1台であらゆる形のモノを作ることが可能になってくる。しかも一度プログラムが出来ればあとはボタンを押すだけ全く何もしらないアルバイトや派遣社員でも、操作や安全面の注意が出来れば「職人」になることができる

今、モノづくりを自慢する日本の影はもうどこにもなく、沈んでいく活気のない経済とともにこの「職人」たちが姿を消している。

高性能なマシニングセンタの登場により、腕っぷしでのし上がって来る時代が終わりつつある。どちらかと言えばプログラミング、設備保全に融通の利く人たちが活躍するようになってきている。

アマチュアがアマチュアのままプロの仕事ができる

アマチュアでも素人でもプログラムと道筋さえあれば簡単にプロのモノづくりが可能になる。いかに早く、安く、安全に、効率良く作るか?ということを日々製造現場が追い求めていった結果、レールの上に敷かれるだけで職人の仕事ができるようになった。

これはあらゆることに言えると思っている。ちょっと話は飛ぶけど、SNSとインターネットの環境で誰でもアイドルになろうと思えばなれてしまう。ブログだってカスタマイズが苦手でも、オシャレなテンプレートにお金を払えばプロのデザインを手に入れられる。何も知らないまま、方法をうまく探し出して利用することであらゆることが可能になってくる。そのアプローチ方法もどんどん簡素化され、気軽に行えるようになってきている。

確かにプロとアマチュアの境目って何だ?という議論はあるけど、製造現場の中だけでなくあらゆることに対して素人が簡単にプロ並みの仕事ができるように簡素化されていることを感じている。

即、結論に達することの息苦しさ

このアマチュアとプロの境目がなくなってきたことが原因かどうかは不明だけど、どんな議論でも即結論に達しなければならないという息苦しさってのはあると思う。

就職活動とかやってたときに思ったけど、いきなり「夢」とか「なりたい自分」とか「仕事のやりがい」とかに目線が向いてしまっている。まず、何よりお客さんからお金を頂いて自分自身の生活を成り立たせることが一番のはず。でも、その敷居というか生き抜くこと自体を考えなくて良くなったこと、楽に便利なサービスで生きること自体の難易度が極端に落ちてしまっていることで自分に対する承認欲求を満たすことに重きが置かれる

さらに、携帯や便利なサービスで自分の欲求を簡単に楽に満たせるようになったことで「待つ」ことに対してかなりストレスを感じやすくなっている。加えて、プロと呼ばれるあらゆるレベルの高い情報ばかりがキュレーションやインターネットで嫌でも目に付きやすい状況になってきている。

プロ、職人として腕を磨くためのアプローチ自体に価値が無くなり、いかに簡潔に簡素にクオリティを高めたアマチュアになるかが求められている気がする。

そしてそれは方法論として単純にパッケージ化され、誰もが似たり寄ったりのプロっぽい感じを演出し始める。

そんな誰でも即、結論に達するような状況がたまに息苦しく感じてしまう。

プロとアマの距離感があいまいになった弊害

テレビなんかが最もその影響を受けていると感じる。誰でも気軽にアイドルを目指し、面白くもない漫才を見せられ、なにが本物で何がアマチュアなのか見分けすらつかなくなってきている。

意味のない掛け声、とりあえず上半身は裸、周りもその笑いを許容するようになり大爆笑が巻き起こる。もちろん、誰でもプロを目指せる環境が整ってきていることは悪いことではないとは思うけども。

本や簡易的に集められた情報の中には、身の丈に合わない成功体験や非日常的な体験ばかりが集約されていく。そして何が本質なのかさえ分からなくなってくる。

結局、どの現場でも求められるのは職人

最初の話に戻るけど、例えプロの職人の仕事を素人がボタンひとつでやれたとしてもあくまでもモノづくりの方法が変わっただけだと思っている。あるひとつの製品を作るという本質には何ら変りない、ただそのためのアプローチ方法が変わっただけ。

じゃあある程度知識を持ったアマチュアみたいな人が実際に求められているかと言うとそうではない。結局、何か起こった問題の本質を解決するためには問題のポイントとか理屈をしっかりと理解した人じゃないと難しい。いわゆるその道を極めた人だ。

 

作業や方法が簡単になるほど素人が大量に量産されていき、逆に必要なくなったと思っていた「職人」という人たちが求められるようになっている。

これが、僕が今製造現場で感じていることだ。

 

製造ラインの中で起こった不具合に対してどこに着目して、どんな原因があるのか、それがまるっきり分からなくなってきている。

製品ワークに対して、どんな刃型でどんな条件で削ったときどういう現象が起こるのか。その起こった現象に対して現物を確認し、問題点となるであろうポイントに素早く到達し、この刃型のこの部分の厚みや角度を変えて、条件を上げるのか下げるのか、そんな理屈に満ちたマニアックな回答を現場は欲している

これは先ほどのプロとアマの境界線が例えあいまいになったとしても、最終的に求められるのは本当のプロだと思う。

それから、NCマシニングという機械に必要な「プログラム」についてもプロ、いわゆるプログラマーが求められる。これは腕だけで製品を作り上げていた職人の時代には必要なかったけど、新しい技術や方法論が確立されてから必要とされている。本当に0の状態から、「こうしたい」という思いを具体的な形にできる人だ。

時代が変わっても求められるものは変わらない

どんなに便利になっても、どんなにサービスが増えても、何かしらの問題は確実に起こる。どんなにプロとアマの境界があいまいになったとしても、最終的に生き残るのは本質を知っているプロなんだと思う。